2026年1月07日

「卵子の質」という言葉が, 不安を呼ぶ理由
妊活で頻繁に語られる「卵子の質」
“妊活”を続けていると, 一度は耳にする「卵子の質」という言葉があります. 「年齢とともに卵子の質が下がる」と聞いて, 不安になっている方も多いのではないでしょうか?
「私の卵子の質は保たれているのか?」
「今からでもその質を良くすることはできるのか?」
「卵子の質は日々の生活習慣や適切なケアによって, 良い状態へ導くことが可能か?」
「若返り」は可能なのか?
もちろん, 時間を巻き戻すことはできません. では, 私たちに「若返り」は可能なのでしょうか?
古来より人類は, 不老不死や若返りを夢見てきました. 秦の始皇帝は, 不老不死の妙薬を求め, 各地に使者を送り, 水銀を含むとされる薬を服用したとも伝えられています. 結果として, 若返るどころか, その試みは命を縮めた可能性すら指摘されています.
「卵子の若返り」を 現代風に言い換えれば, 「体内の環境を整えることで卵子が本来持つ力を最大限に引き出すことはできるのか?」となるでしょう.
このコラムでは, 「卵子の質を改善する妊活」を, 専門的な視点を交えつつ解説してみます.
「卵子の数」と「卵子の質」は, まったく別の概念
ここで, 「卵子の数 (量)」と「卵子の質」は別の概念であることに注意して下さい.
AMH検査とは何を測っているのか
AMH検査 (アンティ・ミューレーリアン・ホルモン検査)は, 女性の卵巣予備能を調べる検査として, 最近の15年の間に確立された臨床検査となったと言えます. AMHは, 主に前胞状卵胞や小さな胞状卵胞に存在する顆粒膜細胞から分泌されるホルモンです.
血中AMH値が高いことは, 卵巣内に小胞状卵胞が多いことを反映しており, それは卵巣内に存在する卵母細胞 (将来卵子になる細胞)の数が比較的保たれている可能性を間接的に示す指標となります.
「卵巣年齢」という表現の問題点
一部のクリニックでは, 「卵巣年齢を調べる」検査として標榜されてきました. 実際に診療の現場に導入された当初は保険収載もなく, 高額な自費検査でした. それにもかかわらず, 検査結果が, あたかも「20代のものに相当するの卵巣の状態である」かのような, 誤解を招きかねない説明がなされることもしばしばありました.
高AMH値でも妊娠しにくい理由
AMH値の低下の一部が, 加齢に伴う変化の結果であることには異論がありません. 卵母細胞とは, その女性が生まれた時点から (厳密に言えば, 母親の胎内にいる胎児である時期から!), その数を確実に減らし続けているからです. ただし, 年齢の変化が卵巣に及ぼす変化は, 卵母細胞の「数」だけではありません. もう一方の要素が, 今回お話しする「卵子の質」です. 例えば, 40代前半の女性でも, 30代半ばの女性のAMHの中央値と同等か, より大きな検査値を呈することは珍しくありません. ただし, 「高いAMH値」≒「卵母細胞が卵巣内に十分量保たれている」からといって, その「質」は必ずしも良いとは限らないことに注意が必要です. AMHの値が高い女性でも, 周期ごとの妊娠しやすさは, やはり加齢ともに連続的に減少していくと考えておいた方が良さそうです.
低AMHでも成功率が保たれるケース
逆に, 「低いAMH値」≒「卵母細胞の備えが少ない可能性がある」といえども, 年齢が若い女性であれば, 周期ごとの (自然)妊娠率は年齢なりの数字が見込めます.
AMHは卵巣予備能を評価する有用な指標ではありますが, 卵子の質という同様に重要な要素については反映しません. そのため, AMH検査を「卵巣年齢を調べる検査」として標榜させることには, 概念的な問題があります. そのAMH検査の限界を十分に理解しないまま, あるいは理解していながら, 「卵巣年齢」という分かりやすい言葉に置き換えて説明することは, 患者さんの不安を過度に刺激し, 検査の価値を実態以上に大きく見せてしまう恐れがあり, これは不適切と言わざるを得ません.
卵子の「質」とは何を意味するのか
良好胚の最重要条件は, 染色体異常がないこと
では, 「質」が保たれている状態とは? そもそも「卵子の質」とは何を指すのか?
不妊治療分野における良好な受精卵 (胚)の最大の条件とは, 「染色体異常」がないことであることには異論を待たないと思います. 重要なことは, 染色体にはDNAが含まれており, そのDNA上の遺伝子情報をもとに蛋白質などが作られ, 胚の発生が進むということです.
染色体数異常と着床失敗: 減数分裂エラーはなぜ起こるのか
正常なヒトの染色体数は, 細胞ひとつあたり46本です. これが一本でも過不足があれば, 胚は流産に至るか, あるいは「着床」すらせずに, ごくごく初期段階での不成功に至ります.
ヒトの精子や卵子は, 「受精」に先立って, 自らの染色体の半分ずつの状態に整えて, お互いの染色体を寄せ合って, 1人前の染色体セット作ろうとしますが, この染色体をちょうど半分に分配する過程が, ヒトでは年齢の上昇とともに破綻しやすいことが知られています (図).

図: 正常な分裂では, 二段階 (第一および第二)の減数分裂を経て, 最終的に染色体数は半分量 (2NからN)になる. 第一減数分裂で, 卵子が吐き出す極体の中に, 半分量に相当する染色体が含まれていなければ, 最終的に染色体数が通常より多い卵子が形成されてしまう.
極端に単純化して言えば, ヒトがそもそも妊娠しづらいことや, IVFの成績がいまだ十分に満足できる水準に達していない理由のほとんどが, 細胞分裂の過程で生じるエラーに起因すると考えて差し支えありません.
遺伝子・代謝レベルで未解明な部分
一方で, 染色体・遺伝子の異常といった, 卵子・精子の遺伝的状態だけが受精卵の「質」のすべてを決める訳もありません. ただし, 染色体分配のエラーの他に, さらに小さな遺伝子のレベルの, どのような異常が不妊の原因になりやすいのか? さらに, どのような代謝の問題が胚の健康を規定するのか? これらはまだ分からないことも多く, 解明にはもう少し研究が進む余地がありそうです. 染色体については, また改めて記事を書きたいと思います.
卵子の若返りは可能か?
ライフスタイルの変化により, 妊孕性が改善されることを示した臨床試験は存在する?
ここでいよいよ, 「卵子の若返り」のための妊活のエッセンスに迫ります. 体内の環境を整えることで, 卵子の減数分裂に伴うエラーを最小限に抑えることは可能なのか?
結論から言えば, 生活習慣の改善が妊孕性を高めることを示したランダム化比較試験は, 現在のところ存在しません.
ランダム化比較試験とは, 参加者を無作為に複数のグループに分け, 異なる介入を行ったうえで結果を比較する研究手法です. 治療効果を客観的に評価できる一方で, 生活習慣のように長期間・個人差の大きい要素を対象とする場合には, 実施が難しいという側面もあります. したがって, この問いに明確な答えを出すことは難しいのです.
現実的な妊活
情報過多が患者さんを追い込む構造
だからと言って, 何も提案しないつもりはありません. まずは, 「お金がかからず, 無理な我慢を強いられないこと」から考えてみて下さい.
いかにも説得力がありそうなインターネット上の様々な情報を前に, 何から手をつければよいのか分からず, 途方に暮れてしまう方も多いでしょう. 「食事とサプリメント」, 「睡眠」, 「運動」など, 気になる記事を次々と実践してみる方もいらっしゃいます. しかし, そうした努力が必ずしも結果につながるとは限りません. 証拠も保証もない情報によって, ご自身を追い込む必要はありません. 過剰な期待はすべきではないのかも. 不必要な負担や失望は, 出来るだけ回避していただきたい.
地中海式ダイエットという選択肢: エビデンスは限定的だが合理性あり?
エビデンスは限定的ではありますが, 「地中海式ダイエット」は一つの選択肢として検討する価値があります. 食事は毎日の営みであり, 比較的取り入れやすい介入の一つです. 「地中海式ダイエット」は, 多くの医療分野で注目されており, 魚を中心とした食事, 野菜や果物の摂取, オリーブオイルの使用といった要素が特徴です.
妊活に直接結びつく強固な証拠は, いまだ主に間接的なものに留まりますが, ご本人だけでなく, パートナーの精液所見の改善も期待できるかも. 一般的な健康増進という観点では, 一定の合理性があると考えられます.
おわりに
無理のない範囲で取り入れてみる
毎日でなくても構いません. 週に1回でも, 献立の選択肢として取り入れてみる. その程度から始めるので十分です. 具体的にはどんな料理かというと, 小エビのサラダや, ムール貝のガーリック焼き, ペペロンチーノ…?? そう, 試しにサ〇ゼに行ってみる, それくらいで十分ですよ.
藤沢駅からクリニックまでの導線にも, サ〇ゼさんがあります. オリーブオイルを主体としたメニューが中心で, 手頃な価格でポリフェノールを含むワインも楽しめる. そうした点は, 地中海式ダイエットのエッセンスを, 気軽に体験できると言えるでしょう. ただし, ミラノ風ドリアやティラミスを頼み過ぎないこと. そこは, ほどほどが大切ですね.
ええと, 正式な店名はなんでしたっけ?
おかんが好きなお店なんですが, まあ, 皆さんご存じの, あのお店です.
