生殖遺伝カウンセリング
生殖遺伝カウンセリング
生殖遺伝カウンセリングとは, 健康な子どもを授かりたいと願うカップルに対して利用可能な選択肢に関する情報を提示し, その意思決定を最大限に支援する医療です. 具体的には, ① 家族歴の分析と遺伝的リスクの算出・推定 ② 現代に利用可能な遺伝学的検査に関する情報提供とその実施および ③ 結果の解釈とカップルの意思決定の支援を含みます.
家族・親族に関する聞き取りから, 家族・親戚間で共有される特定の病気が, 自分達の子どもにも発症する可能性が高いかどうか? を判断します. もし, その“リスク”が無視出来ないほど高いと見なされたなら, カップルに提供可能な遺伝学的検査があるかについて検討します. 病気の種類は極めて多様ですが, 例えば流産や死産を繰り返す人にも, 遺伝的な素因が見つかることがあります.
自らが次世代に病気の原因になる遺伝的素因を引き継いでいるかどうか? 調べるための検査に関する情報提供を行います. 検査を受けることにより, その結果次第では自身のその後の生活に良い意味でも悪い意味でも影響を及ぼすことがあるため, 検査の実施を決定するまでには十分な説明と考慮するための時間を要することもあります.
検査の結果を受けて, 懸念している疾患の子どもの妊娠に至りやすい, ハイリスク・カップルであるかどうか? もしそうであれば、どのような対策があるのか? 現実的に利用可能な選択肢から将来に期待される医療の進歩までお話しします. 自らの状態・取り巻く医療と社会の体制を理解しつつ, 「自分達はどうしたいか?」, 自らの力で決めなければなりません. その自己決定の支援のために, 十分な説明をご提供いたします.
「子どもをもつか? もつならいつか? 何人欲しいか?」ということは個人が自由に決めて良いとする「生殖に関わる基本的人権=リプロダクティブヘルス/ライツ」です. 自らの遺伝的状態と次回妊娠における罹患児の妊娠の可能性について理解を深めることにより, このリプロダクティブヘルス/ライツがはじめて達成される方がいます.
正確な情報を提供することにより漠然とした不安や混乱を軽減し, 自身が本当に願う選択肢の決定をサポートします.
遺伝的リスクを早期に特定することが, 必要に応じて出生後の赤ちゃんの早期治療をに結びつく効果もあります. どんな子どもでも大切に育てると決めているカップルにとっても, 分娩時や出生後の最適な環境を整えることが出来ることこそが, この生殖遺伝カウンセリングが全てのカップルが知っておくべき医療である理由になっています.
具体的な選択肢には, 各種の出生前検査や着床前遺伝学的検査 (PGT)等の技術が知られています. わが国においては, この広い意味での「出生前検査」の実施には, 欧米に比して大きな制限があります. ただし, この遺伝カウンセリングがあくまでもご来訪なさるカップルの支援を目的としている限り, さらに多くのカップルに必要な医療が提供される機会が必要であるはずです.
検査をうけることで遺伝的リスクや疾患に関する情報を受け入れることが難しく, 不安やストレスが増大する可能性があります.
遺伝子検査や治療には費用がかかる場合があり, 選択肢の中にはわが国での実施が容易ではないが多いのも現実です. 経済的にも実現可能な選択のサポートをすることも, 生殖遺伝カウンセリングの果たす役割と言えます.
生殖遺伝カウンセリングは, 個々の状況や価値観によってメリットとデメリットが異なります. そのため, 個々のニーズや状況を考慮した上で, 利用するかどうかを検討することが重要です.
近年, 遺伝子治療が飛躍的に進歩しましたが, 遺伝性の病気については,予防が主なアプローチであることに変わりがありません.
病気の予防には, 「病気にならないための予防」と「病気のままでいないための予防」に分けられます. 多少語弊はありますが, 病気の子どもを出産することを避けることに当てはめれば, 「病気の子どもの妊娠を避けるための予防法」には風疹ワクチンの接種や葉酸サプリメントの摂取など, 多くの方が日頃から推奨されている介入が含まれます. これはいわば病気の「一次予防」であり, 例えば着床前遺伝子検査等がこれに分類されます. 「二次予防」は, NIPTや羊水検査といった各種の出生前検査が相当します.
病気の子どもの「二次予防」が, 「一次予防」と同じぐらいに重要と見なされるための条件は, 妊娠中の胎児の治療が可能であることです. しかし, 「二次予防」としての出生前検査の問題点は, 診断後の胎児の治療が容易ではないことと, そのカップルが病気の子どもの妊娠を繰り返すことが, 妊娠する度にあるということです.
従来から, 着床前遺伝子検査(PGT-M)を実施することを決めたカップルの多くは, 既に罹患児の妊娠出産を経験しています. PGT-Mの実施までの審査プロセスは複雑であり, 現在の日本における議論の中でPGT-Mの実施が容認されないケースも多く存在します. 二次予防である出生前検査では, 妊娠中絶でしか“予防”を達成できません.
従って, 予防策を講じる最適な時期は妊娠する前の段階です. 多くの人にとって, 妊娠中絶は受け入れがたいことです. 利用可能であれば一次予防であるPGTを好みます. しかし, わが国ではPGT-Mはわずかにしか実施されておりません.
その理由の1つは, わが国の学会によるガイドライン・規制が厳格であるためです. 重い病気の子どもを持つカップルの多くが, その子育ての大変さから次の子どもを持つことにそもそも消極的である上に, 予防のためにPGTを受けたいと願っても結果的に棄却されるなら, 希望すらしないことが大きな理由です. また, 潜在的に病気の子どもを出産する可能性の高いカップルのほとんどは, 自らのリスクに気づいていないという問題があります.
そのリスクを明らかにする検査が, キャリア・スクリーニング検査 (carrier screening: CS)です. 日常生活を正常に送っていながらも, 病気の子どもを出産する可能性のある保因者を検出するためのスクリーニング・プログラムが, 全世界的には, 既に50年も前から提供されてきました. キャリア・スクリーニングは, 国外学会により妊娠中の女性の全員に知らされるべき検査であり, 理想的には妊娠する前に実施されておきたい予防戦略であることを明確に述べるに至っております.
現在の日本では, その病気の種類やその遺伝様式を問わず, 保因者診断や発症前診断となる遺伝子検査の実施になかなかこぎつけないという意見を, 臨床の現場では度々耳にします. その理由は, 検査の実施前後の遺伝カウンセリングの体制が十分でないため, 医療者側がその提供を自重しているためです. しかし, 潜在的にリスクを抱えるカップルにキャリア・スクリーニングを適切なタイミングで実施してもらい, 自分達の妊娠・出産の計画をどう立てるのかを共に考え, 健やかな妊娠と出産をサポートするクリニックでありたいと願っています.
このキャリア・スクリーニングの対象疾患は, 常染色体劣性疾患に分類される病気と, X連鎖性疾患と呼ばれる女性が保因者であれば, その半分の可能性で男の子のみが発症する可能性のある病気に限定され, 調べる遺伝子の数にも限界があります. ご自身が特定の病気の患者であるかを調べる 「発症前診断」ともなりうる「優性遺伝病」は対象となりません. すなわち全ての遺伝性疾患が対象となるわけではありません. また, 検査が陰性であっても, 実際にはなんらかの疾患の保因者であるリスクは常に残ります.
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